西安钟鼓楼导游词怎么写?( 三 )


与钟楼遥遥相对的是鼓楼,楼底门洞为南北向,北通北院门,南达西大街 。鼓楼建于明洪武十三年,与钟楼是姊妹楼 。在鼓楼的第一层北面有一面巨鼓,与钟楼上的晨钟形成暮鼓,所以称为鼓楼 。楼体呈长方形,基座的门洞高与宽均为6米,洞深38米 。鼓楼建筑为重檐歇山式,琉璃瓦覆顶,重檐三滴水 。楼分上、下两层 。南北檐下各有一块匾,南为清乾隆皇帝御笔刻书:“文武盛地”,北为咸宁县书生李允宽书写“声闻于天” 。在鼓楼的外檐都饰有斗拱,四面有回廊 。天花板上油漆彩绘云形图案,古色古香,十分美丽 。钟鼓楼交相辉映,使古城西安更加美丽壮观 。好了,钟鼓楼的参观到这里就结束了 。谢谢大家!
鐘楼の案内
鐘楼は西安のシンボルの一つで、東西南北の四つの大通りの交差点にあり、西安の中心です 。
鐘楼が建てられたのは西暦1384年で、明の時代でした 。最初は西大街の迎祥観にありましたが、当時そこは西安の中心地だったからです 。西暦1582年西安城が拡大されたため、鐘楼の位置は中心でなくなり、すこし西側のほうになってしまいました 。それで、もとの鐘楼を壊して、拡大された西安城の中心地、つまり、現在の所に鐘楼を造りなおしたのです 。
西安の鐘楼は中国の数多くの鐘楼の中で、形が一番大きく、一番よく保存されているものです 。明の時代の西安は首都でもないのに、なぜ鐘楼の規模が一番大きいなのかということついては、いつも人々に不思議に思われていますが、それにまつわる面白い話があります 。
明の時代の西安では、何回か大地震がおこりました 。それは西安城の下を流れている川の中に蛟竜(こうりょう)がいるから、よく地震がおこるのだという噂がありました 。西安府の知事はそれを聞いたら、大変信じていたので、蛟竜を鎮めるために、鎖で蛟竜を縛り、それを川の底まで沈め、その上に大きな鐘楼を造ろうと命令しました 。それで、大きな鐘楼ができたのだそうです 。不思議なことに、鐘楼ができてから、西安では大きな地震がおこったことはありません 。
それはでたらめな伝説だと思われるかもしれませんが、できたわけがぜんぜんないとは言えないと思います 。明の初代の皇帝朱元璋は貧しい家の出身で、いろいろな苦労をなめて、やっと皇帝になったのです 。ですから、皇帝になってから、真竜天子に権力を奪われはしないかと深く恐れていました 。それで、?竜気?を押しつぶそうとして各地に鐘楼を次々と建てさせました 。特に西安は皇帝のよく出るところですから、もっとも大きな鐘楼を造らせたそうです 。