西安钟鼓楼导游词怎么写?( 四 )


【西安钟鼓楼导游词怎么写?】鐘楼と鼓楼は古代に中国都市の特別の建築です 。鐘と鼓は中国ではもともと打楽器で、約3000年ぐらいの歴史があります 。最初は礼器と楽器として使われていましたが、春秋時代から(紀元前8世紀)から、軍事指揮に使われるようになりました 。中国の古代の都市はみな軍事的お城という特色を持っていました 。周囲は城壁で囲まれ、外堀や跳ね橋が造られ、それらを一体に組み合わせたのは中心地にある鐘楼です 。鐘楼は指揮中枢部なのです 。普通は晨鐘暮鼓として時間を知らせるのですが、緊急の時には、警報をしらせ、都市の防衛を指揮していました 。このような防御システムは明の時代になって最盛期になり、明の時代の西安は西北地区の軍事中心でした 。
鐘楼は敷地面積は11260平方メートル、建築面積は1378平方メートル、高さは36メートルです 。土台は正方形で、高さは8.6メートル、レンガ造りです 。その上は木造造りで、釘は一本使われておりません 。外からみれば3階に見えますが、実際は二階建ての建物です 。
鐘楼の二階の西側の壁に?鐘楼記?という石碑が嵌められています 。鐘楼全体が移されたことについて記されています 。
元の鐘楼にかかっていた鐘は唐代の景雲年に作られた景雲鐘ですが、不思議なことに、今の鐘楼に移されたら、音が出なくなってしました 。仕方がなく、もう一つ作りました 。いまの鐘は重さ5トン、周りに八卦図案が刻んであり、明の成化年(1465-1487)に作られたのです 。
建国後、鐘楼は三度修復され、昔の面影がそのまま残されています 。鐘楼の上にのぼると、西安市の全景を一望できます 。
鼓楼
鐘楼の西側約1キロあたりのところに鼓楼があります 。明の洪武13年(1380年)に造り始め、鐘楼より4年早く着工したのです 。清の康煕38年(1699年)、乾隆5年(1740年)二回ぐらい修復しました 。鼓楼の上に大きな鼓が置いてありますので、鼓楼と名づけられたのです 。いまの鼓は1996年に作られたのです 。
昔は朝、鐘楼の鐘をつき、暮れるとき、鼓楼の鼓を叩いて、人々に時間を知らせていましたので、晨鐘暮鼓と呼ばれていました 。この鼓楼は敷地面1999平方メートル、建築面積は1804平方メートル、高さ33メートル、南北向きに通路のような門があり、鐘楼と同じように、土台はレンガ造りで、それより上は木造作りです 。鼓楼の楼閣の南側に?文武盛地?という大きな扁額があり、それは清の乾隆の親筆です 。
今の鐘楼と鼓楼の間に広場ができて、いつも観光客と市民でにぎわっています 。